Ch.かめうさぎ

カメとウサギが違う速度でニュースを追いかけます

「愛しても、愛しても、愛しきれませんでした」

   

「愛しても、愛しても、愛しきれませんでした」

 

どこで見たかは忘れたのですが、かつての恋人に関するインタビューの中で、あるおばあちゃんがそう言っていたんです。

わたしは疑問を抱きました。愛し「きれない」って、なんだろう?って。

愛し「きれない」とは

 

そもそも愛し「きる」とは、愛することを成し遂げること。つまり自分の100%の愛を与え、そしてその愛に終わりがきたとしても、愛した事実に1ミリの後悔もない状態だと思います。

勉強でも仕事でもそうですが、何かに本気で向き合った経験って、たとえ結果が良くなかったとしても達成感があるもの。「あの時こうしてれば」なんて後悔はないはずで。

 

というところから考えて、愛し「きれない」のは、きっと、100%の愛を与えきれない、与えたいけれど何らかの理由で与えられない、というような状態なんですよね。

たいせつな人を、本気で愛せてる?

 

愛し「きれない」のは、苦くて、辛くて、悲しいものです。多かれ少なかれこういう経験のある人は、恋愛に臆病になってしまうのかもしれません。

でももとは他人だった誰かを愛せるって、人生に何度とない経験でもあって。そんな貴重な経験を、嫌な思い出にはしたくないし、まっとうしないわけにはいかないな、と思うのです。

愛し方はさまざまです。顔を突き合わせてはなし合うことかもしれないし、時々ひとりにしてあげることかもしれない。毎日「愛してる」と伝えることかもしれないし、記念日には必ずプレゼントを贈ることかもしれない。

自分に無理のない、かつ相手の性格に合う方法で、そこにはいつも本気を込めて愛を与えることが、愛し「きる」という結果に繋がるのでしょう。

 

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